反アパルトヘイト活動家ネルソン・マンデラが大統領として自国開催の”ラグビー・ワールドカップ”で国家、国民を団結させようとする姿を描く、製作、監督クリント・イーストウッド、モーガン・フリーマン、マット・デイモン共演のドラマ。 |
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■ スタッフ キャスト ■
監督:クリント・イーストウッド
製作総指揮
モーガン・フリーマン
ティム・ムーア
製作
ロリー・マクレアリー
ロバート・ロレンツ
メイス・ニューフェルド
クリント・イーストウッド
原作:ジョン・カーリン”Playing the Enemy”
脚本:アンソニー・ペッカム
撮影:トム・スターン
編集
ジョエル・コックス
ゲイリー・D・ローチ
音楽
カイル・イーストウッド
マイケル・スティーヴンス
出演
ネルソン・マンデラ:モーガン・フリーマン
フランソワ・ピナール:マット・デイモン
ルーベン・クルーガー:グラント・L・ ロバーツ
ジェイソン・シャバララ:トニー・キゴロギ
ブレンダ・マジブコ:アッジョア・アンドー
ネリーン:マルグリット・ウィートリー
チェスター・ウィリアムス:マクニール・ヘンドリックス
ジョナ・ロムー:ザック・フュナティ
ジョエル・ストランスキー:スコット・イーストウッド
リンガ・ムーンサミー:パトリック・モフォケン
ヘンドリック・ウーイェンス:マット・スターン
エティエンヌ・フェイダー:ジュリアン・ルイス・ジョーンズ
マリー:レレティ・クマロ
ピナール:パトリック・リスター
ピナール夫人:ペニー・ダウニー
ジンジ:ボニー・ヘナ
アメリカ 映画
配給 ワーナー・ブラザーズ
2009年製作 133分
公開
北米:2009年12月11日
日本:2010年2月5日
製作費 $60,000,000
北米興行収入 $37,479,780
世界 $122,232,530
■ アカデミー賞 ■
第82回アカデミー賞
・ノミネート
主演男優(モーガン・フリーマン)
助演男優(マット・デイモン)
*詳細な内容、結末が記載されています。
■ ストーリー ■
1990年2月11日、南アフリカ共和国。
反アパルトヘイト活動で反逆罪となり、27年間ロベン島に収監されていたネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)が釈放される。
1991年。
マンデラは、アフリカ民族会議議長に就任し、それに反発する勢力との武力闘争及び内戦勃発を乗り切る。
そして、1994年4月に行われた、南アフリカ史上初の全人種による選挙で、彼は第9代大統領に選出される。
多くの問題を抱えながら、公務を始めたマンデラだったが、白人の職員達は、彼に”粛清”されるのではないかと恐れ、自ら職場を去ろうとする。
マンデラは、側近のブレンダ・マジブコ(アッジョア・アンドー)に職員を集めさせ、セキュリティーのジェイソン・ シャバララ(トニー・キゴロギ)を部屋から出し、白人を含めた職員に語り始める。 そしてマンデラは、”過去は過去”として互いを許し合うことこそが、南アフリカの未来を築くことを説く。 激務をこなすマンデラの警備を担当するジェイソンは、人員補充を要請するが、エティエンヌ・ フェイダー(ジュリアン・ルイス・ジョーンズ)ら、 かつて自分達を痛めつけていた白人の警備チームと組まされることになる。 その不満を、大統領マンデラに直訴したジェイソンだったが、マンデラは、共存を世間に知らせることこそが、平和への道だということを彼に伝える。 仕方なくジェイソンは、大統領のスケジュール表をフェイダーに渡し、”マティバ”(マンデラ)の安全を第一に、警護の配分を検討し始める。 アパルトヘイトにより、世界から制裁を加えられていた象徴的な存在で、白人中心に構成されている”スプリングボクス”(ラグビー南アフリカ共和国代表)の、イングランドとの親善試合を、マンデラは観戦することになる。 ジェイソンらの厳重な警備に守られながら、マンデラは歓声と罵声とが入り混じるフィールドに向かい選手達と対面する。 マンデラは”スプリングボクス” の主将フランソワ・ピナール(マット・デイモン)らを激励し、観客席にまで足を踏み入れてしまう。 試合は”スプリングボクス”の惨敗に終わり、彼らは”国の恥”とまで言われて批判されてしまう。 国家スポーツ評議会は、”スプリングボクス”のエンブレムやカラー及びチーム名を変える採決を提案し、全会一致で賛成を決議する。 その報告を受けたマンデラは、ブレンダの意見も聞かずに、それを阻止しようとする。 マンデラは評議会に向かい、”アフリカーナー”の希望である”スプリングボクス”を排除してはならないことを説いて、小差でその存続を勝ち取る。 そしてマンデラは、この国の最大の問題である犯罪や失業などを、人々の精神的な変化で改善することを考える。 1年後に控える自国開催の”ラグビー・ワールドカップ”を機会に、国民を団結させて意識を変えようと考えるマンデラは、何とかチーム残留が決まったピナールを呼び寄せる。 マンデラは、自分達国民が士気を高め、国を築き上げるためには、 能力以上の力を発揮する必要があることをピナールに伝える。 ピナールを待っていた恋人のネリーン(マルグリット・ウィートリー)は、彼に話し合いの内容を尋ねる。 大統領マンデラの人柄に圧倒されたピナールは、それが、”ワールドカップ優勝”を意味するのではないかとネリーンに答える。 スプリングボクスが、優勝に意欲的という新聞記事が一面を飾り、それについての意見を、マンデラは娘ジンジ(ボニー・ヘナ)に求める。 しかし、母親との離婚を表明している父マンデラに対し、批判的なジンジは心を閉ざしたままだった。 そして、スプリングボクスの、ワールドカップに向けた厳しいトレーニングが始り、マンデラも大会についての情報を収集する。 その決勝戦が、世界の10億もの人々に注目されることを知ったマンデラは、スプリングボクスの活躍こそが、 国を統一させる最高の手段であることだと考える。 マンデラはラグビー協会に指示を出し、選手達は貧民街の子供達にラグビーを教え、交流を深めることになる。 選手達は不満を漏らすが、ピナールが彼らを説得して現場に向かい、悲惨な状況下で暮らす子供達に、ラグビーを教える。 1995年5月。 初戦直前、ピナールは国歌の歌詞のメモを投げ捨てる者ばかりの選手達に、国歌斉唱を強要できなかった。 劣勢を疑う余地のないスプリングボクスのキャンプ地に、激励に訪れたマンデラは、全ての選手の名前を覚えて健闘を祈る。 しかし、国民の英雄である、唯一人の黒人選手チェスター・ウィリアムス(マクニール・ヘンドリックス)の負傷が気がかりだった。 そして、帰り際にマンデラは、ピナールに書き綴った詩の一節を贈る。 それは、マンデラが、ロベン島の獄中で支えにした、イギリスの詩人”ウィリアム・アーネスト・ヘンリー”の”インビクタス”だった。 5月25日、”ニューランズ・スタジアム”。 その夜、祝杯をあげる選手達だったが、ピナールは次の試合に備え、翌日の早朝ランニングを選手達に伝える。 翌朝、ランニングで港に向かったピナールは、選手達を船に乗せて、12キロ沖合いのロベン島に向かう。 そこには、マンデラが27年間収監されていた独房が、当時のまま残されていた。 ピナールは両手を広げたほどの広さ、粗末な設備の独房の中の生活、その過酷な労働を強いられた日々を生き抜いたマンデラの強い意志と、贈られた”インビクタス”の詩に込められた思いを知る。 ”I am the master of my fate. I am the captain of my soul.”( 私が、我が運命の支配者 私が、我が魂の指揮官 ) その間、マンデラは激務の末に体調を崩し、医師から完全休養を言い渡され、側近のブレンダは、ラグビー観戦以外の公務を控えさせる。 その後、スプリングボクスは、カナダとルーマニアを破り、決勝トーナメントに進み、チェスターも全快する。 決勝トーナメント初戦、西サモアを撃破、し準決勝でフランスに19-15で辛くも勝利したスプリングボクスは、決勝戦進出を決め、”オールブラックス”(ニュージーランド)とうことになる。 その頃には、警備担当のジェイソンとフェイダーらも、親交を深めるようになっていた。 マンデラの目には、今大会のスプリングボクスの活躍で、国民が確実に、人種間の問題を排除しつつあることを感じ始めていた。 ピナールは決勝を明日に控え、その結果よりも、マンデラが27年間も獄中生活を送りながら、それでも人を赦せる心についてを考える。 1995年6月24日。 その時、ジェイソンらセキュリティーの目が光る中、一機の旅客機がスタジアムに接近する。 テロを警戒するジェイソンらだったが、旅客機は、国家の期待を一身に受ける、スプリングボクスへの激励のために、スタジアム上空を飛行したのだった。 厳戒態勢の中、マンデラはスプリングボクスのジャージとキャップを身に付けてフィールドに現れる。 スプリングボクスとオールブラックスの選手達に声をかけるマンデラは、今大会で驚異的な破壊力を見せていた相手チームの巨漢ウィング、ジョナ・ロムー(ザック・フュナティ)とも握手を交わす。 そして、スプリングボクスの選手達は、誇らしげに国歌を歌い、 その後、オールブラックス伝統の、先住民”マオリ族”の出陣の踊り”ハカ”を終え、いよいよ試合は始る。 試合は一進一退を続け、スプリングボクスは、大会を通じて執っていたディフェンシブな戦法が功を奏し、ロムーの動きを完璧に押さえ込むことに成功する。 試合は9-9のまま、世界と南アフリカ全国民が注目する中、大会史上初の延長戦となる。 延長は始まり、オールブラックスがドロップ・ゴールで3点を入れてリード、その後、同じくジョエル・ストランスキー(スコット・イーストウッド)のドロップ・ゴールでスプリングボクスが追いつく。 そして、再びストランスキーがドロップ・ゴールを決め、それを守り抜いたスプリングボクスが15-12で勝利し、 南アフリカは、初出場初優勝の快挙を成し遂げる。 エリス・パーク・スタジアム、そして国中は歓喜の嵐となり、主将ピナールは選手達に肩車されて観衆の声援に答える。 ピナールはインタビューで、6万5000人の観衆だけでなく、4200万人の国民に支えられての勝利だったことを語る。 そして表彰式が始り、マンデラは満面の笑みを浮かべて、ピナールらを称え、”Webb Ellis Cup”を彼に授与する。 その後、街道に溢れる民衆の中を、時間をかけて車で移動するマンデラは”インビクタス”の詩を思い起こす。 ”私が、我が運命の支配者 私が、我が魂の指揮官”
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”ラグビー・ワールドカップ”は開幕し、スプリングボクスは、 オーストラリアとの初戦のためにケープタウン入りする。
スプリングボクスは、チェスターを欠きながらも、マンデラが見守る中、強豪の”ワラビーズ”(オーストラリア)を27-18で破る。
ヨハネスブルグ、エリス・パーク・スタジアム。
スプリングボクスは、万全の体制で試合開始を待つ。
*(簡略ストー リー)
反アパルトヘイト活動で反逆罪となり、27年間投獄されていた、ネルソン・マンデラが釈放される。
マンデラは、アフリカ民族会議議長を経て大統領に選出され、激務をこなす中、諸問題の解決を法や制度ではなく、人々の精神的な変化で対処することを考える。
そこでマンデラは、アパルトヘイトの象徴的な存在であった、ラグビーのナショナルチーム”スプリングボクス”の存亡の危機を救う。
そして、翌年に迫った、自国開催の”ラグビー・ワールドカップ”に、スプリングボクスが優勝することで、国民を団結させようと考え、チームの主将ピナールを呼び寄せる・・・。
__________
2008年に発表された、ジョン・カーリンの小説”Playing the Enemy”を基に製作された作品。
原題の”インビクタス”は、1875年に発表されたウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩の題名で、”征服されない”という意味を持ち、主人公のネルソン・マンデラが、27年もの間、収監されていたロベン島の監獄で、心の支えにした詩であった。
”I am the master of my fate:I am the captain of my soul.”
”私が、我が運命の支配者 私が、我が魂の指揮官”
マンデラが、赦すことの尊さを、国民そして選手に訴え、劣勢の中で選手達をサポートまた激励し、奇跡の優勝を成し遂げ、国民の心を一つにするまでを描いた、感動の物語に仕上がっている。
第82回アカデミー賞では、主人公の2人が演技賞にノミネートされた。
主演男優(モーガン・フリーマン)
助演男優(マット・デイモン)
80歳を目前にしたクリント・イーストウッドの、衰えを知らない、力感溢れる演出は見事で、ハリウッドの長い歴史の中で、この年齢でこれだけの力作を手がけた監督は記憶にないことで、そのバイタリティーには敬服する。
”矍鑠とした”などという言葉が失礼に値する、イーストウッドの今後の活躍が、益々注目される。
ラグビーを題材にした作品は非常に珍しく、その辺りがアメリカ人には受けなかったのか、北米興行収入は振るわず約3700万ドルに終わるものの、全世界では約1億2200万ドルを上回るまずまずのヒットとなった。
ケープタウンやヨハネスブルグのオールロケの素晴らしさ、実際に会場になったエリス・パーク・スタジアムなどでの臨場感溢れる映像は、ハリウッド作品の底力を感じさせる見応え十分であり、劇場で見なければ価値は半減するほどだ。
CGなども殆ど使っていない、本物の迫力は目を見張るばかりだ。
また、国民が人種を越えて一つになっていくエピソードとして描かれる、スタジアムに入れない貧民の少年が、栄光を掴もうとする自国の英雄達”スプリングボクス”の活躍と共に、人種の壁がなくなっていく様子などで、さり気なく描写されている。
また、劇中のセリフにもあるように、ラグビー選手役としては小柄なマット・デイモンが、長身のモーガン・フリーマンを、常に見上げていたドラマの中で、表彰台で”Webb Ellis Cup”を受け取る場面では、モーガン・フリーマンよりも背を高く見せている、勇者を称える描写など、細かな演出も見逃せない。
さらに、それほど触れてはいないが、マンデラの辛い過去や、家族の愛に恵まれなかった部分も、きっちりと描かれている。
マンデラ自身から、主役を演じて欲しいと言われたというモーガン・フリーマンは、本人の物腰や話し方を研究し尽くし、深みのある人物を見事に演じ、製作にもかかわり、その意欲が窺える。
象徴的な存在であるマンデラとは対照的に、マット・デイモンは、大スターであるにも拘らず、目立ち過ぎぬよう、チームのまとめ役の主将フランソワ・ピナールの純朴な人柄を、抑えた演技で好演している。
劇中で、ピナールは”意外に小柄だった”と言われるが、実際の彼は190cmを超す長身で体重も約110キロの巨漢である。
小柄なマット・デイモン(178cm)は、鍛え上げた肉体でそれをカバーしている。
マンデラの警護を担当する、職務の中で人種間の問題に直面するトニー・キゴロギ、同じくジュリアン・ルイス・ジョーンズ、側近アッジョア・アンドー、レレティ・クマロ、ピナールの恋人役マルグリット・ウィートリー、チェスター・ウィリアムスのマクニール・ヘンドリックス、ジョナ・ロムーのザック・フュナティ、決勝のドロップ・ゴールを決める大役を演ずるのは、イーストウッドの息子スコット・イーストウッドで、音楽も同じく息子カイル・イーストウッドが担当している。